減反政策とは何か?農業界の謎をわかりやすく解説

安倍内閣が2018年の減反廃止を決めました。そもそも減反とは何なのか?なぜ減反政策が必要だったのか?農業界ってなんか謎だらけですよね。
 
農業界の初歩的な謎を、自分を含めた業界をよく知らない人たちのために、なるべく分かりやすく解説したいと思います。

減反政策(げんたんせいさく)とは?

減反政策とは、
 
「田んぼでつくる米の量を減らし、他の作物をつくるよう、国が進めること」です。
 
「反」=「田んぼ」の意味。
 
つまり米の代わりに別の作物をつくりましょう、ということ。
 

戦後の日本における、米の生産調整を行うための農業政策である。基本的には米の生産を抑制するための政策であり、具体的な方法として、米作農家に作付面積の削減を要求するため、「減反」の名が付いた。
出典元:Wikipedia

減反と転作

ちなみに同じ農地で別の作物をつくることを「転作」といいます。
 

1970年代以降の日本では、減反政策の一環として転作を推奨しており、
転作に応じた米農家には補助金を出すなどして、半ば強引に減反政策を進めてきました。
 

しかし実際には転作作物を栽培せずに
放置されている農地もけっこうあります…。
 
 

なぜ減反しなければならないのか?

一番の理由は米が余っているから!

米の生産量を減らさなければならないシンプルな理由は
「米が余っているから」です。
 
ではなぜ米が余ってしまうのか?
その理由を知るには、戦前までさかのぼる必要があります。
 

米が余る理由 その1:米の生産量を増やした時代からの影響

日本には、米の生産量を急いで増やさなければならなかった時代があります。
 
それが戦前です。
この頃日本は、深刻な食糧不足の問題を抱えていました。
 
東北の貧しい農村部などでは、家族を養うために娘を売ることさえあったといいます。
 
ほんの少し前の日本が、我が子を売らなければ生きられないほど深刻な状態だったとは、
にわかには想像し難いことです。しかしそれは実際に起きていた事実なのです。
 
 

当時の政府は、この深刻な食糧不足を脱するために、
米の生産量を増やす必要がありました

 
そこで政府は1942年に「食糧管理法」を制定。
 
政府が農家から高い価格でお米を買い入れ、
消費者に対しては安い価格で販売する

 
それよって農家は安心してお米を作れるようになり、
消費者にはじゅうぶんな食料が行き渡るようになりました。
 
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(政府が米農家と消費者の間に入って価格の調整を行った)
 

この政策で米の生産量は大きく増加し、日本は食糧不足から脱することができました。
 
日本人の食生活はすっかり豊かになりましたが、国にとっては徐々に自らの首を絞めることになっていきます。
 

米が余る理由 その2:国民が豊になったから

1960年代になると米不足から一転して、今度は日本国内にお米が余るようになります。
日本人の食生活の変化などによって、お米の消費量が減ったのです。
 
農家から買い上げたお米は売れ残り、
大量の在庫米を抱える国の負担がどんどん大きくなっていきました。

 
20140611_03

 
供給が需要を上回れば、ふつうは値段が下がります。
 
主食の価格が下がることは消費者にとっては嬉しいことですが、
米農家の生活はたちまち窮地に陥るでしょう。
 
そうなると米の国内生産自体が困難になります。
 
だから米の価格を下げるわけにはいかない。
そのためには米の量(供給量)を減らさなければなりません。
 
そこで実施された政策が「減反政策」なのです。
 

減反に協力した農家には、
国が「戸別所得補償(こべつしょとくほしょう)」として、
10アールあたり1万5000円を支給しました。
 

つまりお金あげるから米作るのやめてね
ってことです。
 

減反に応じないとどうなるの?

なかには減反に応じない強気の農家もいます。そんな農家には一体どんな運命が待ち受けているのでしょうか?
 
以下は実際に起こった「減反に応じない農家」にふりかかった災難(?)の事例です。
 

減反を「守る人」と「守らない人」の間でケンカ勃発!裁判に

生産量をまじめに守っている人には、守らない人がこのように見えます。
 ↓
「自分だけコメを多く作って、売ってもうけている」
 

まじめに国の政策に従ってる農家にしたら、不公平感を感じますよね。
地域では減反を「守る人」と「守らない人」が揉めて、裁判にまで発展したといいます。
 

減反を「守らない人」が「国」とケンカ!裁判に

政府には、守らない人がこのように見えます。
 ↓
「国の政策に応じない目の上のたんこぶ」
 
減反を「守らない人」と「国」が揉めて、裁判にもなったそうです。
最終的には(当然に?)国が勝ちましました。
 

補助金が出ない

「戸別所得補償」は、「減反に応じたらお金をあげるよ」というルールのものなので、減反に応じない農家に補助金は出ません。
 
他にも、目立つことが許されないこの日本で、目立つことをしてしまった代償は、めんどくさいほどの災難として降りかかることがあるようです。
 
 

減反に応じないと何か罰則を受けるというわけではありません。
 
あくまで「応じてくれたら補助金あげるよ」という旨のものです。
 
しかしこれは裏を返せば「補助金やるから(たとえ儲かってても)米をこれ以上作るな」という圧とも取れますよね。
 

痛みをみんなで分かち合おうって時に、足並みの揃わない人がいれば、目立って周りから干されてしまう。農家は周りと協力し合わないとやっていけない部分があるので、周辺から干されることは死活問題になりかねません。
 

特に日本人は「みんなで一緒に」の精神が強いので、余計にそういう部分が強調されてしまうのかもしれません。
 

減反政策が廃止される理由

米の価格が下がらないように生産量を減らし、補助金まで出しているのだから、一見して農家を守っているように見えますが、事はそう単純でもないのです。
 
2014年から補助金が半額の7500円まで減らされました。
 
2018年には「減反制度」と共に補助金が廃止されます。
 

いま農業は自立と発展を求められており、国としては農家の生産性を向上させ、国際競争力を育てたいのです。
 

しかし補助金頼みの小規模農家が世界で勝負していくことは難しく、補助金の存在が農業の規模拡大を阻害していると考えてられています。
 

減反を廃止すれば、大規模農家への生産集約や、農家の経営力向上などが期待できるというわけです。
 

「補助金なしではやっていけない」という考え方がある一方で、「補助金に頼ってばかりいると、いつまでたっても農家の体力が養われない」という考え方もあり、農家のなかでも補助金に対しては賛否両論みられます。
 

減反まとめ

  1. 戦後の食料不足のときに、政府が米の生産量を増やした。
  2. 日本人の食生活は豊かになったが、今度は消費者の米離れが始まる。
  3. 米が余る⇒ 米の価格が下がる⇒ 農家の収入が減る⇒ 日本の米作りが衰退… という事態を食い止めたい。
  4. 政府が米の量を減らす「減反政策」をおこなう。減反に応じた農家には、政府が補助金を給付。
  5. 昨今、農家の国際競争力を育てるため、生産力向上が求められるようになる。
  6. 小規模農家を支える補助金の存在が、大規模農業化の妨げと考えられるようになる。
  7. 2018年に減反制度および補助金を廃止。

参考

減反について
食糧管理制度と減反政策 ― かつての日本の農政