「持たない自由」を教えてくれたホームレス

「持たない自由」を教えてくれたホームレス

2011年の世界一周旅行で、私がとても印象的だったことの一つに、あるホームレスとの出会いがある。その男性と出会ったのは、グランドキャニオンにほど近い街の、とある書店のカフェだった。

 

ノートパソコン片手に、ブレイクタイムを楽しむ彼の傍らには、品のいいジャーマンシェパードがそっと寄り添っている。汚れた服さえ着ていなければ、ホームレスとは分からない。特有の臭気もなく、むしろ汚れがオシャレに見えてしまうほど清潔感溢れる青年だった。
 



ホームレス談話

「持たない自由」を教えてくれたホームレス
 

「ハイ!カワイイ!」
と挨拶されたことがキッカケだった。
 

「カワイイ」は最近覚えたお気に入りの日本語なのだという。
 

何気なく始まった「ホームレス談話」が、まさか自分の人生観を180度ひっくり返すことになろうとは、この時の私はまだ知らない。
 

実は、私は予てからホームレスの人々に聞いてみたかったことがある。
この疑問を初めて抱いてから、もう5年がたつ。
 

以来どうにもこうにも気になって仕方のなかった「その質問」を、せっかくなので、ちょうど目の前に現れたこの青年ホームレスにぶつけてみることにした。
 

私:
「なぜ働かないの?」
 

私はもしかしたら、ネガティブな言い訳が並べ立てられることを、心のどこかで期待していたのかもしれない。しかし彼の答えは、あまりに単純明快だった。
 

ホームレス:
「楽しくないから」
 

(す、清々しい・・・)
 

ホームレスが続ける。
「一度きりの人生を、つまらないことに使うなんてナンセンスだよ。世の中には楽しいことがたくさんある。一番楽しいと思うことを素直に選べばいい。でしょ?カワイイ!」
 

そういって彼は微笑んだ。
自分の観念が崩れ始める音が聞こえた気がした。
 
 

本当のリスク

「持たない自由」を教えてくれたホームレス
 

ホームレス:
「それに僕は、この楽しい暮らしが気にいってるんだ。」
 

私:
「でも働かないと生活していけないよね?これじゃ常にリスクを抱えて生きているのと同じでしょ?」
 

ホームレス:
「僕をよく見たまえ カワイイ。僕は現にこうして生活できてる。それにリスクというなら、つまらないことを続ける方が僕にはよっぽどリスクだと思う。」
 

私:
「家もお金もないのに?一体どうやって命をつないでるの?ワンコロだっているのに」
 

ホームレス:
「Youの人生の方程式は、「自分が楽しむこと < 住まいやお金」なの? 「楽しみ」より「モノ」が大事だっていうのかい?
 

ハッとした。
長い間置き忘れたままになっていた、何かとても大切なことがあったような気がして、私はそれを一生懸命思い出そうとした。
 
 

持たない自由

「持たない自由」を教えてくれたホームレス
 

ホームレス:
「それにYouだって、今この国に家を持ってないよね?」
 

私:
「安宿だけど泊まる場所くらいはあるよ」
 

ホームレス:
「僕の寝る場所には屋根がない、Youの寝る場所には屋根がある。」
 

私:
「うん」
 

ホームレス:
「ただそれだけのことだよ。」
 
 

私:
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん。」
 

ホームレス:
「ハッハー\(^o^)/」
 

私:
「・・・。(´_ゝ`)」
 

ホームレス:
「つまり、家が無いことがホームレスなら、Youだってホームレスじゃない?寝る場所に屋根が付いているか、いないかの違いだけだよ」
 

私:
「そーとも言える」
 

ホームレス:
「この地球全部が僕のホームさ。もちろんYouのホームでもある。僕もYouもホームレスであって、ホームレスじゃない。この意味分かる?」
 

私:
「なんとなく」
 

ホームレス:
「今Youが考えていることを当ててあげる。」
 

私:
「ぜひ」
 

ホームレス:
「こいつは天才だ!だろう?ハッハー\(^o^)/」
 

(食い気味に)
「お察しの通り、僕は天才だよ!楽しい人生を創造せずにはいられない。僕の魂がそうさせるのさ!\(^o^)/ファイアーソウルなのさ!\(^o^)/」
 

私:
「お楽しみください\(^o^)/」
 

結局、彼は一体どうやって命をつないでいるのか、答えることは最後までしなかった。しかし、人生を楽しくする天才的な才能を使って生きているらしいことだけは分かった。
 

私:
「ではわたくし、そろそろお暇させて頂きます。」
 

ホームレス:
「待ちたまえ!カワイイ」
 
 

人生の教訓

「持たない自由」を教えてくれたホームレス
 

ホームレス:
「Youにも、Youの人生を最高に楽しむ為の天才的な才能が備わっているってことを知ってほしい。」
 

ちょっと真面目な顔になるホームレス。
 

私:
「そうかな。最近ずっとモヤモヤしてて・・・。そんな風に思えないな。」
 

ホームレス:
「Youは既に知っているよ。だけどYouは気付かないフリをしてるんだよ。自分自身に楽しいことや自由を許してこなかったから。心の目で見て。」
 

私:
「私より私を知っているみたいだね。何者なの?」
 

ホームレス:
「今Youの世界にビッグバンが起こっている。しかるべき時がきたら必ず分かるよ。必ず。」
 

私:
「ありがとう。で、何者?」
 

ホームレス:
「ダイジョーブ!ダイジョーブ!カワイイ!」
 


 

結局彼の正体も、どうやって彼が命をつないでいるのかも、分からないままに終わってしまった。アリゾナ州では、しばしば不思議なモノが目撃されるという。今となっては、彼がこの世の生き物だったのかさえ自信がない。私は夢を見ていたのだろうか。はたまたキツネにつままれたのか。金の頭のキツネに・・・。
 

もはや確認するすべは何もないけれど、とにもかくにも私は、名もなきホームレスから「人生の教訓」を得たのであった。
 

楽しいことをする。
 

自分に正直になる。
 

たったそれだけのことを、私は難しく考えすぎていたのかもしれない。
 

「ホームレス談話」は、これまで無意識に抱いてきた自分自身への「思い込み」を、あぶり出してくれた。
 

自分にとって何が本当の幸せか、じっくり考えたことなど今までなかった。いつも行動が先走って、本当の気持ちとちゃんと向き合ってこなかったように思う。
 

楽しいことをする為には、大掛かりな何か(まとまった資金とか時間とか)を手に入れなければならないような気がして、自分に制限をかけていた。
 

ホントは全て「幻想」に過ぎないのに。
 
 

何も持たないことが不自由なのではない。
 

不自由だと決めている自分の心が、不自由さを作りだすのだ。
 

「凝り固まった観念」が、ほんの束の間、彼と話をしたことで目の前に引っ張り出されて、どこかに溶けていった。
 
 

最強の自由

「持たない自由」を教えてくれたホームレス
 

本当の幸せって何だろう。

本当の自由って何だろう。

そんなことを真剣に考えた。
 

そして自分なりに辿り着いた答えは、


何も所有せず
何も守らず
ただ在るように在る

 

ということ。
 

何かを所有するほど身動きが取れなくなっていくし、
何かを守るほど脆くなっていくから。
 

きっと一切のエゴを解放し、「ただ在るように在る」状態が、究極の自由なのだろうと思う。
 

でも実際そんな風になってしまったら、人間として生きること自体が成立しないんだろうな、とも思う。
 

人間は生きることそのものがエゴらしい。エゴがあるから不幸なのではなく、エゴがあることを「認めない」から不幸なのだと。エゴは邪魔者扱いされがちだけど、本当はとても大切な役割を持っている
 

だから人間としての活動を保ちたいなら、エゴを全部手放すなんてことをする必要はなくて、ほどほどに付き合っていけばいいのだと思う。そこを目指しているんだろうな、という気がしている。
 

今回の旅で得たことは本当にたくさんあるけれど、今振り返ってみると、一番大きな目的は「楽しいことを素直に楽しむ練習をする」ということだったように思う。自分を不自由にしている心のブロックに気付き、開放し、自分らしい生き方を、ただありのまま楽しんでみる。自由に遊ぶ。子供のときみたいに。
 

以前は、
 
「楽しむには条件がいる」
「必要なモノが全部揃わないと始められない」
(お金とか道具とか時間とか人とか)
 
と思っていたけれど、旅を終えてからは、
 
「何もなくても、楽しむことはいくらだってできる」
「全部揃ってなくても、できることからすぐ始めればいい」
 
と思えるようになった。
 
むしろ「何もないからこそ、なんだってできる」。何もないと知恵を絞るしかないから、思いもよらない発想が生まれたりもする。
 
 

「持たない自由」を教えてくれたホームレス
 

モノが「ある」ことで「不自由」になる人。

モノが「ない」ことで「自由」になる人。
 

不満を抱きながら、常識という名の鎖につながれたまま、身動きが取れないでいる人々と、
カフェで愛犬と優雅なブレイクタイムを楽しみ、今日も穏やかに一日を過ごすホームレス。
 

お金も仕事も家も、全て持っているはずのスーツ姿のどの人々より、その全てを持たないホームレスの方が、ずっと幸せそうな顔をしている。
 
 

一期一会の課外授業。
一生忘れない。
 
 

「夕方になったら彼女と会えるんだ\(^o^)/ 」と無邪気に笑うホームレス。
 
ホームレスなのに彼女いるんだスゲー!)再び固定観念を砕かれる私。
 
相棒の楽しげな姿を、傍らで穏やかに見守るジャーマンシェパード。
 

「本日も楽しい一日だ\(^o^)/」と微笑む彼の幸せそうな顔を、今でも覚えている。
 

私は分かりきったことを彼に尋ねてみた。
 

「幸せ?」
 

「ハッハー!!」と林家パー子もビックリの高笑いを返してきた彼に、私もつられて「ハッハー!!」と笑った。
 

ハッピーホームレスのおかげで、私もハッピーな気分になった。
 

ほっこりしながら窓の外に目をやると、朝から灰色だった空から、いつの間にか雨粒が落ち始めていた。
 

おわり。
 
 
 

補足(2016.5.19)
彼のガールフレンドは学生のため、彼女から資金が出ているわけではないらしい。ノートパソコンも単なる遊び道具にしてるだけのようで、どうやって食いつないでいるのか本当に謎なホームレスだった。